進化する伝統 ウオルサム
1850年3人の夢多きアメリカ人のアーロン・デニスン、エドワード・ハワード、そしてデヴィッド・ディヴィスがマサチューセッツ州ロックスペリーでポケットウオッチの生産工場を設立しました。

業務拡大に伴い新しい拠点として1854年にボストン郊外ウオルサムに移転、その地から時計産業で世界的にも模範となる業績を打ち立てていきました。

1876年にアメリカ合衆国独立100周年記念を祝して開催されたフィラデルフィア万博の時計精度コンテストで、ウォルサムはそのクオリティの高さが世界最高水準であると認められました。

“クレセント・ストリート”と名付けられたムーブメントは、正確な時間表示を要求する鉄道会社の要請
で製作された最初の鉄道時計モデルだったのです。
バイオニアとしての歴史的遺産を受け継いでいるウォルサム・メイドのタイムピースは、20世紀の歴史に残る大いなる冒険探求の分野で重要な役割を担いました。

ウォルサム8デイズクロックは、チャールズ・リンドバーグが大西洋無着陸初飛行で操縦したスピリット・オブ.セントルイス号や、チャールズ・キングスフォード・スミスが太平洋横断飛行で操縦したサザン・クロス号に装備されたのです。

また極地探検家のロバート・エドウィン.ピアリーはウオルサムを用いて北極点到達を実現。1907年のアーネスト・シャクルトン卿による南極探検においても複数のウオルサム製品が使用され、極限の気象条件下にあっても信頼される優れた性能が証明されたのです。

第2次大戦直後の数年間は、ウオルサムにとって困難な時期でもありました。戦争で当時の最先端設備を設置することが出来なくなり、1954年優れたクオリティのタイムピース製作を続けるために、スイスに移転をすることを決定しました。
以来、ウォルサムは世界に卓越したスイス・ラグジュアリーウオッチを送り出しているのです。